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英・西語の学習とヨガ

子どもの連れ去り別居は片親疎外という児童虐待を引き起こしている。現在、離婚調停中で2人の子どもと引き離され、会うことすらできない2児の父です。昨夏からYOGAをはじめていたおかげで精神的になんとか維持できています。

おにぎり弁当

昨日は娘の幼稚園最後の登園。おにぎり弁当持参の日でした。(昼ご飯を園外で食べる時が月に2-3回ある)

 息子三年、娘四年間ずっと私が作ってきた「おにぎり」。 


どうせ、子どもを連れさった妻らに、「最後だから、私に作られて‥」と頼んでも拒否されることは明確。おまけにトラブルになるからと、唯一会える登園時間に待ち伏せ‥て会いに行くことすら、双方の弁護士に控えるように言われている。


しかし、この機会、時間は2度と戻って来ないのだ。毎回、私の作っている姿、できたオニギリをニコニコ眺め、食べたがっていた様子‥。思い浮かべるだけで、目と胸が熱くなった。


翌朝いつものように、起床前の4時頃に一度起き上がり、炊飯器にスイッチを入れた。(水漬しっぱなしのタイマー炊きはしない。前日に洗米後、冷蔵庫で水を切りしておいた冷えた米と炊飯釜で、炊飯直前に水を入れて炊飯器にかける。こうすることで、吸水過多で米粒の張りを損なわずない。そして、炊飯時に昇温しにくくなるので、甘味が増しやすくなるのだ。)

こんな風に私は、たとえご飯だって、美味しいものを子どもに食べさせることに、とてもこだわってきた(^-^)    さて、私の思惑以上に、見事に最後を飾るに相応しい素晴らしい米が炊けた。


娘の好きだった鮭を具材に。心を込めて握った。

残念ながら、妻側は2つは、おにぎりを持参してくるだろう。だから、私は1つしか作れない。残させる訳にはいかない。これが精一杯だった。しかも小さいのを。


でも、握っている時に、ふいに悲しく悔しいことになってしまった。

これが最後のおにぎりなのだな‥と思うと、握っている手をなかなか離せなかった。もっともっと握っていたかった。  でも、そんなことしたら、固くなってしまう。せっかくのフワッとしつつもシッカリな、この格別なおにぎりを通り越しまう。


はぁ〜、あと1つ作りたかったなあ。そうだ!娘と同じ味を楽しまなくては。と思い直し、自分の分も2つ握ることに留めた。


幼稚園に着くと、園内で元気に遊ぶ娘を見つけた。

持参してきたおにぎりの紙袋には「◯◯ちゃん ぱぱのおにぎり おいしいよ たべてね 」のメッセージと、パパの似顔絵を描いておいた。


娘はそれを目を大きく開けて、満面の笑みで受け取った。そして、担任やたくさんの友達に、「パパおにぎりもってきてくれた!」と紙袋を見せびらかしていた。


「さあ、教室のリュックの中にしまっておいで」と声をかけるのと、急ぎ足で階段を駆け上がって教室へ消えてしまった。

靴は下駄箱に入れてなかったから、きっと戻ってくるだろう。と思いしばらく待っていた。


ようやく戻ってきた時には、まだ紙袋を手にもっていた。

再度、「リュックの中にしまっておかないと、潰れちゃうよ」と言うと。靴を履き直し、また担任と友達に、担任やたくさんの友達に、「パパおにぎりもってきてくれた!」と紙袋を見せびらかすかのように、また声をかけまくっていた。


もう、こんな様子だけでも目頭が熱くなってしまった。 その時周囲には父兄がいた。だから咄嗟に「オニギリもたすの忘れてしまって‥」と取り繕う言葉しか出てこなかった。 

 まさか、最後のオニギリを妻に内緒で届けに‥なんて言えるはずもなく。


その後、夕方に幼稚園からの着信があった。


急いで掛け直し掛け直すと、担任の先生が、「◯◯ちゃん、昼に誰よりも早くお弁当広げて、パパの作ったおにぎりを一番に食べていました。」と教えてくれた。私の優しさに心を打たれたとまで言ってくれたのだった。


こんなに嬉しいことはなかった。私はずっと彼らの食事を作り見守ってきた。パパの味を4ヶ月ぶりに手渡しされた時に、さすがの幼い娘の記憶は蘇り、楽しい思い出が嬉しかったに違いない。


一時期、娘までも片親疎外に陥り、私のことを避ける言葉を言われたことがある。

これこそ正に別居親の無言の圧力と、子どもならではの防御反応(同居親の意向にそうこと)であったのだろう。

妻は義母にオニギリすら作らせて、毎日家事をやらないように、義母を同伴して別居しているほどなのだから。


とにかく、やらないで後悔するより、弁護士がどういおうと、今回ばかりは、私の正義を信じて実行してよかった。あの時の娘の表情、声は一生忘れない。

  

そうそう、このオニギリは生涯最高の味だった。同じ味のこのオニギリを昼食時に頬張っている時に、娘も食べてくれていると思うだけで、どうしても、嬉しくいけれど、やはり悲しくなってしまった。

けれど、担任の先生の報告で、どれだけ救われたことか。


いつかきっと、面会交流がしっかり決まれば、ピクニックマットと弁当をもって、また旅行やお出かけしたい。 子ども達に料理の楽しさ、誰かのために作る気持ちの素晴らしかを知ってもらえたら一番嬉しい。 


しかし、自分の子どもなのに、自由に会えないのか。  

連れ去った方がほぼ100%勝ちなんて、おかしな国だ。本当におかしい! 日本中で別居親、特に父親は皆泣き寝入りなのがこの腐った日本の司法の現状なのだ。弁護士すら、初めから負けを認めて居るのだから‥

(弁護士選定にあたり5人の弁護士に相談したが、全員が親権は無理と答えた現実。悔しい。)


今日ヨガのレッスンでの心境

今日のヨガのレッスンは、今の悲しく苦しい時を乗り越えるのに、改めて心が強くなれる言葉が先生からあった。


『12万人以上の方が、未だに避難生活を送っていらっしゃります。


地震により、命を落とした方。被害を受け心を痛めている方、苦しい生活を送っていらっしゃる方々がまだまだたくさんいます。


日々、私たちの周りには、

当たり前に思ってしまいがちなたくさんの幸せがある。

改めて、今日という日を、何気ない日常を見つめ直し、感謝を持つ日にしたいなと思います。


・温かいお風呂に入られる事。・温かいご飯が食べられる事。・温かいお布団に寝られる事。・帰る家がある事。・何気ない家族との会話。・運動が出来る喜び。

・ヨガを学べる幸せ。・暖を取る事が出来る事。・家族がいてくれている幸せ。』


…という話の後にレッスン前に30秒間の黙祷をしました(´-`)

私も強くならねば。 


さて、今日は、あろうことかヨガマットを忘れてでかけてしまい、スタジオでレンタルするはめにf^_^;  


朝から地区の避難訓練だったため、ヨガレッスンの出がけが、バタバタに…なってしまったから。

急いで小脇に抱えていたのは、古紙回収の段ボール!でした( ゚д゚)   

おかげでいつもと慣れないグリップ感に少しやりづらかったなあ。


それにしても、ふぅ〜。今朝作った手作りヨーグルトも、ウマウマだなあ ╰(*´︶`*)╯

そういえば、先日仕事で一緒にさせてもらったのが、乳酸菌関連のプロバイオティクスでは、超有名元教授だった。名刺もらったし、資料提供も先日したところ。これを機に、親しくなれたらなあ(^-^) 


♡発酵食品 最高♡日本人の誇りだ。

道は開ける…を読んで。

道は開ける 文庫版

毎日思わぬ人生の岐路に立っている。しかし、今更、変わらない過去を振り返っても仕方ない。

かといって、未来のことばかりを危惧し、心配しすぎも悪い。


そんなわけで、ビジネス書の名著「道は開ける(D.カーネギー)」を改めて読んでいる。

私の境遇から読んでみると、何ともジーンとくる言葉ばかりだなあf^_^;

 

…という訳で、せっかくの1人の沢山の時間。大好きだった

『めざせ!発明品の商品化』に取り組もうかと^ - ^


以前、自分で申請書を作成し、提出した経験は2回ある。

しかし、今度はマジ本気モードなのです( ̄^ ̄)ゞ 

変な所で足踏みしていられないので、この道のプロである弁理士にしっかり依頼しようかと思う。この展開は、人との繋がりからの因果だと信じて。


…というのも、幸い以前の職場に、同じく発明好きな上司いて、親しくはせてもらっていた。その方に先日、偶然繁華街で再開したとき、再就職先が特許関連の指導業務に就いたと知った。ちょうど名刺も頂いていたし、本当に何とも素晴らしいタイミング^_^  


もう、ネガティヴなことに向かいあうばかりの毎日から、気持ちを切り替えなくてはね。


さぁ!アポイントのメールも出したし、今月はあれもこれもと、やることだらけだ!

この『道は開ける』には、心が病む暇のないほど、多忙にすべし…という言葉もチラホラでてきたものでね。ε=ε=┌( ̄◇ ̄)┘


朗報を出せる時をお楽しみに!

美味しい食品との出会い 続編

昨日のブログの続編。

静岡県の隠れた?!名品…

それは、「舞阪海苔」!٩( ᐛ )و

舞阪は浜名湖の辺りにありますが、海苔が取れます。


この海苔の味って、どこか故郷の味なのです。 ♪( ´▽`)

私は東京生まれ東京育ちなのですが、父は浜松出身、祖母は遠州森町子どもの頃から、田舎から送ってくるこの舞阪海苔を食べて育ったのでした。


この海苔はいわゆる普通の焼き海苔ではないので、食す前に、炙るか、熱を加えるなどして、色気ゼロの真っ黒な海苔を加熱により、青黒緑色に変化させて食します。

その時放たれる独特の海苔の極みの風味といったら、ヨダレもの^ ^


炊きたてご飯に、この海苔&新鮮な醤油をチョン漬けして、巻いて食べるだけでも、最高にウマウマなのでした。

なんだか、このシンプルな嬉しさの感覚、とても懐かしく質素ながら、美味しかった実家の定番の海苔で私の食を味わい楽しむ原点が蘇りました。


これで、東京土産の定番はこれに決まりだ。父や母もとても喜んで食べてくれたことだし、メデタシめでたし^_^

美味しい食品との出会い

愛媛県産 究極の柑橘 せとか みかん 3kg

先週末は、再び実家に帰省し一休みf^_^;  やはり家族団欒はいいものだなあ。

今回は次の3品の初めての美味しいに出会えた。これはとても今後の食生活に嬉しいことだ。


一品目、柑橘系のフルーツ「せとか」

こんなに美味いミカン食べたの初めて! 食べる気満々にさせてくれる ハリのある外皮、そして薄く食べやすい薄皮、弾ける粒と甘さ。もう完璧すぎる。オレンジほど外国風でもなく日本の普通のミカンみたいに甘いものに多いクタッとやフニャッと感はない。しかし、スーパーで買うと高価なものだ。どうやら母の友人繋がりで、安価に入手できるルートらしい。


その2 品目。 秋田名物の漬物「いぶりがっこ

燻製好きなのに、まったく知らなかったこの漬物!

原材料表示をみても、保存料、調味料、色素など一切なし。まるでシャキシャキベーコン?な野菜。ネットでは、これにクリームチーズが流行りの様子^ - ^  

 

そして三品目 家庭では簡単手作り「半自家製ヨーグルト」

これは牛乳にLG、とかR-1のような腸まで届く乳酸菌飲料を添加して、保温して作ったもの。原理はいたってシンプル。甘酒作りにハマっているだけに、こうした発酵モノは本当に作って食べて感動!という過程が楽しすぎる。おまけに上手くて整腸具合もなんかいい感じ。


実家での食事風景は、いつも食事評論のような雰囲気で、一風変わっている。でも、何よりも気持ちいいのは、「あ!美味しい!美味あ〜い、ホォー、はぁ〜、へえ結構合うね…」とかの、作った人も食べた人も気持ちいいの言葉が食卓に溢れていること。これは昔から一族の可笑しな特徴だし、私の好きな家族の風景だ。

 …といっても逆に外食で、ハズレなモノに当たろうものなら、ダメ出しの嵐となることもしばしば。


今回は、こんな家族への、静岡県名物のあるお土産が大好評だったので、それは次回のブログで^ ^

きっと皆様にも予想つかない名品です。私もしらなかったので。




こんな時こそヨガを。その2

今朝は、嫌な夢で早く起きてしまった。でもすぐに起きて、ヨガを始めた。何せ昨日は、こんなことを告げられたから。


「子どもの幼稚園へ登園時に待ち伏せすらするな…」と双方弁護士から注意を受けてたからで、全く理解できない。

面会交流という調停で決めないと、会えないという変な慣習だ。


連れ去りした川が圧倒的に善とされ、裁判でも「引き離しといっても、結局長く問題なく監護できたのだから、そのままで…。」とほぼ100%なる。 

http://oyako-law.org/index.php?私たちの声


↑「親子断絶の実態」の統計をご覧にれば、その異常さがわかります。


逆に幼稚園から私がほんの一時でも遊ぶ目的で家に連れ帰ろうものなら、即刻親権剥奪で、面会交流すら叶わなくなる…このように担当弁護士からも注意を受けている。

海外では共同親権なため、連れ去り行為軽犯罪で、こんなことがOKなのは日本だけ。狂った国だ…( ̄ー ̄)


今は、調停に臨む準備だけで、生活が偏ってしまっているが、食事を作り食べることは普通に楽しめている。

しかし、その他の好きなこと(釣り、発明、ピアノ、図書館、DVD鑑賞)は、殆どできていないし、心にまったくゆとりがない。 今だからこそ時間は家に帰ればたっぷりあるのに、疲れ、追われている変な気持ちなのだ。


調停のことは、軽く考えることはできないが、自分の中に「なるようにしか、ならない」という事実を客観視してなければ、ならないこともわかっている。

長い目でみれば、今のこの時は無駄に「あがいている」だけなんだろう。

連れ去りから4カ月。長いようで、瞬く間だった。結局は今の法律や裁判所では、親権は絶対に無理。だからせめて主張することはして、心の整理をしていきたいなあと思う。


私の愛してきた子どもなのだから、必ず事件の発端の悪事、狡猾さを理解することがくる。その時こそ、親権こそないが、私にとっての勝利になると信じていたい。


事件が終わったなら、この今の経験を一冊の書籍化したい。

悔しさにまみれ、子どもを手放さざるを得なかった寂しい思いをしている人たち、結婚前の人、離婚を考えている人などにヨガの身体的、精神的な支えで乗り越える術を伝えたい。 そのためにも、私は著者として、ぐったり参っている場合ではなかろうと思いなおしてきた。


それにしても夏からヨガを始めておいて、本当に良かった。普通ならこの状況、とっくに病んでいただろう。


今日の気持ちはずばり…

ピッタ過剰ヲ制御セリ…(^ー^)

こんな時こそヨガを。その1

しあわせはいつも

昨日から精神的に落ち着かず、とても嫌な気分だし、確実に蝕まれている感じがある( ̄ー ̄)


しかし、こんな時こそ「ヨガの偉大な力」を生かす時なのだろう。ᕦ(ò_óˇ)ᕤ

ヨガ本はチラチラ見るので、その専門用語や訓えが、薄っすらとながら、すこしづつ頭に残っている_φ(・_・

その中に「ドーシャへの働き」というのがあったはず。

今の私は圧倒的に「ピッタ過剰」なのだと思う。


そこで、以前購入したシンプル雰囲気なのに、詳細分かりやすい本で、この状態に「効くアーサナ」を調べることにした^ - ^


すると、あー!っと唸ってしまった。毎朝晩+たまに昼、やっている太陽礼拝+αのアーサナが、ふんだんにその効き目があるアーサナなのだ!(^_^)v  

そうか、そうか…その時々のイライラ、グッタリ等は、自分の体の求めるアーサナをやることで改善し、自ずと救われていたのだな。

なになに…どうやら「胸を開く」ものがメインのようだ。

そうなんだよね。そういう気持ちのモヤモヤって、胸の中に溜まるのかな?!

これで、何だか少し気が楽になったf^_^


それと併せてもちろん呼吸法もやると良いらしい。

この辺は電車内でもできるし、ちょっとした空き時間(どうしても今やらねばって時には最悪トイレだってね?!)でも、実践できるし^ - ^ 


今の仕事は安定しており、収入も独り身となっては十分。でも、職場が退職後のダメなジジーらの受け皿になってしまっていることを除けば、まぁ働き易いし、業務にやり甲斐を感じている時もある。

しかし、退職した後に世話になりたいとは思えない。

きっとその時には、今の面倒臭い退職OBように思われてしまうのだろう。


だから、今こそヨガのことをもっと勉強し、ワークショップや、あわよくばインストラクター養成講習へも捉えていきたいなと思うようになってきている。


何故なら、このストレスフルな環境と試練…これらをヨガの実践の場として、打ちのめされようと、乗り越えることができたなら。

資格習得のための単なる知識やエクササイズではなく、ヨガの実践者として、教えることにも大きな糧となるはず。

ヨガ講師、連れ去り被害者への心のケアなどやりたいことが一杯思いついてくる。

だから、今はその修練だと考えていこう。


「幸せはいつも自分の心がきめる…」と書かれた、あいだみつを氏のカレンダーを昔みたなぁと思い出しつつ(^-^)