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英・西語の学習とヨガ

子どもの連れ去り別居は片親疎外という児童虐待を引き起こしている。現在、離婚調停中で2人の子どもと引き離され、会うことすらできない2児の父です。昨夏からYOGAをはじめていたおかげで精神的になんとか維持できています。

太陽礼拝、やるばやるほど…

毎朝&夜、たまに昼やると、おや?!と思うことにぶち当たる。

それを考えたり、先生に確認してりして、「自分の今できていること、できていないこと」に気がつくと、どちらであっても、何だか少し嬉しい( ´ ▽ ` )


さて、今回はできていないことを「ふとしたこと」から発見できたことを書きたい(^.^)


初ヨガ体験の時に、「鏡をみないで自分の内面をみるように?」みたいなことを言われたことがあった。


その教えのとおり、家ヨガの時にも、努めて鏡や夜なんか窓ガラスに写る自分さえもみずにやってきた。


また、ヨガ修練中は「ながらヨガ」にならぬようにと、テレビも切って行っている。


この電源オフテレビが功を制し、昨晩には、新しい気づきを与えてもらえた。


太陽礼拝のつなぎアーサナ(失礼な言い方だけど)の『四つの手のポーズ(チャトランガダンダ・アーサナ)』の時、それは起きた。


たまたまチラリと目を横にやると、消えている真っ暗になっているテレビ画面に自分の姿が写っていた。


んんんっ??!何だ!

まるで、への字じゃないか!

ちっともシャキッと杖っぽくないし、『ヘッピリ腰なヘボ腕立て伏せ』だ!


実はこのアーサナは先に書いたように、つなぎ程度という認識しかなく、単なる腕立てのポーズ…と侮っていたのだ。 それが、このザマだったとは(-_-)


でも、おかげで、『YOGAポーズの教科書(以前のブログで紹介した)』を読み直し、再確認したら、分かりやすい解説も手伝って、だいぶ良くなったかも^_^


やってはいけない。…ということはやめた方がよい。

鏡を見て、形を求めすぎないことも大切なことなのかもしれない。


しかし、自分のできてきないことを知ることは、知らないで、そのままやっていることより、よほど良いと思う。


そういえば、逆立ち系のアーサナ時に、スタジオの鏡を見てしまうと、バランスが難しくなるように思う。


あれ?これって先日のイグノーベル賞の日本人受賞の理論だからかな?!(股のぞき効果)


まだまだ30日連続の太陽礼拝の継続実行には遠い。

でも、日々何かしら進歩しているようにも思える(^_^)