語学の学習とヨガや猫

子どもの連れ去り別居は片親疎外という児童虐待を引き起こしている。現在、離婚調停中で2人の子どもと引き離され、会うことすらできない2児の父です。 昨夏からYogaをはじめていたおかげで精神的になんとか維持できています。 家族を失い誰からも頼りにされない孤独感を癒すため、最近、仔猫を飼い始めました。

初めての面会交流

8ヶ月ぶりにようやく子どもと会うことができた。

しかし、妻の監督付きという異常さなため、やはり戸惑い、不安な表情や動きが痛々しかった。


公園の遊具前にて、待つよう指示があった。

面会交流なのに、私に「見守るように」と要望さえあった。


2人が到着すると、遊具で遊ぶ娘に、妻がまるでボディーガードのように逐一張り付いている。


??


あれ?面会交流とは、同居親の方が、私に子どもを一定時間だけ託すものではないの?!  

たとえ監督付きであっても、距離的に遠くにいるべきなのは、妻の方と思っていた。

しかし、どうやらそんな気持ちはないようだ。


結局、離れて眺めている私に娘から寄ってくることはなかった。 

でも、幾度となく私をチラチラとみては、遊んでいるのが本当に可哀想だった。

可哀想というのは、つまり、片親疎外の症状が露骨であったということ。

私の方に行きたいのに、行ってはお母さんに嫌な顔をされると。

同居親に異常に気を遣っているのだった。  


さらに、娘は、何度も遊びの途中、母親のところに寄っていき、何やら話していた。何よりも、私の目線と妻の間にいることへの戸惑いは尋常ではなかったのだろう。


その会話の推測をすると、きっと妻は「もう帰る?暑いし、もう嫌だよね?」とか聞いていたのかもしれない。

そういう何気無い会話が片親疎外をより強固にしていくのだ。


書き加えると、今日は悪いことに、遠くに義父まで来て眺めていたのだった。なんと娘らと一緒にきていたのだ。


このように同居側2人の監視役がいたのでは、さぞかし娘の本当の気持ちは押し殺されてしまっていたのだろう。


遊んでいる時の娘の痛々しいほどのメッセージを含んだ行動を思い出すと悲しい。


娘は滑り台から、靴を脱いだり、靴下まで脱いだりして、斜面を滑らせて転がし落としていた。何度も何度もやっていた。こんな遊びを以前はやったことなど一度もなかった。 裸足になっては、滑り板は太陽熱で焼きつくほど熱せられていたのに。


娘は、きっと昔の私なら、こんなことをして周囲の子どもにも迷惑をかけるようことをしたら、私から注意されることを知っていたはず。それをあえて何回もやることで、靴が地面に落ち、私が拾い注意しに、もっと近くに来ることを想定していたのかもしれない。

娘は素足で遊具を歩くようなことなどする子でなかった。それを何度も今日はやつていた。


私には、これは近くに私を呼びこむ静かなメッセージだったのだろうかと考えてしまった。

実際、一度、靴を拾いあげにいった。するととても寂しい顔をしていた。ありがとうも言わずに。


今日、妻には無理やり抱っこしたりしたら、即中止するなど、面会交流への警告をうけていた。なんと身体へ触れることすら、禁止された。我が子にそんなことすら叶わないとは。呆れた。


「先に子どもを連れ去った者が全て正しい。」本当に日本の子ども連れ去りは、異常だ。


そして、驚くことが発生した。

帰り際に、義父が娘の手を引いて、私の方にやってきたのだ。何か嫌味を言われるのかな?と構えていた。

しかし、思いがけない言葉を発してきた。


「パパにバイバイしてね」と娘に話しかけてくれた

この言葉で娘の膠着した心を多少緩和させるには、十分だった。


「今日は恥ずかしくて話せなかったね。またちょっとづつやっていこうね」とまで義父は言ってくれた。


私は娘に「また今度ね。今はおうちに猫ちゃんがいるよ。」とだけ伝えた。

でも、「うちに遊びに来てね。」とは言えなかった。なぜなら、こうした発言は後で揚げ足をとられる。必ず問題とされ、面会交流に支障があるからだ。


そして、また義父は「猫ちゃんと遊ばせてもらおうね」と言っていた。

どうやら助け舟を何度も出されてしまった。


このように、本来なら子どもが親に会う権利は、周囲の大人がしっかりと配慮すべきなのに。


私は「背は何センチになったのかな?」と聞くと、113センチと娘は答えた。


そして、「七歳になった」と付け加えて言った。 その時。はっ!!と瞬間的に涙が眼にジンワリと溜まってきてしまった。

そんな質問してないのに、どうしてもそれは言っておきたかったのだろう。



先月、誕生日プレゼントすら、子どもが不安になるから…と渡すことをすら拒まれていたのだ。


娘にとって、毎年祝って貰った誕生日にパパはいなかったし、おめでとうの言葉すらかけてもらえなかった。


私は、この時、頭が真っ白で何も答えてあげられなかった。まさか義父が気の利いた言葉を子どもと私のためにかけてくるとは思えなかったし、何より8ヶ月ぶりの我が子との会話すらぎこちなく、いっぱいいっぱいだったから。


本来ならば、今日は汗をかくだろうから、予め凍らせてキンキンに冷やしタオルで顔を拭いてあげたり、ピクニックシートの上で娘の大好きなシャケのおにぎりやバウムクーヘンを一緒に食べようとまで、考えていたくらいなのに。


とはいえ、まずは今日は益々とても美少女になっていた娘に会えた。そして最後には、バイバイと目を見ていってくれたのだから、それはそれで初めの一歩と思わなくてはならないな。